【Jリーグチェアマン 村井満 × 水谷智之】飛び込んだ地域を、ホームタウンに。トップ選手に共通する”人生のオーナーシップの握り方” とは?
人事、人材育成から教育、サッカーへ。キャリアは偶発的だからこそおもしろい
水谷:村井さんも僕もずっと人事や人材育成をやってきて、村井さんはリクルートエージェントという一大人材会社のトップも務められました。そこからJリーグのチェアマンに抜擢されたというのはサプライズでしたね。
村井:選手も監督も経験していない人間がチェアマンになるなんて、前代未聞でしたからね。僕自身が一番驚いた(笑)。高校時代にサッカーをやっていてサッカーが好きだったという縁もあって、リクルートエージェント時代に選手のセカンドキャリア支援を始めました。その関係でJリーグの非常勤理事になり、さらにチェアマンに選出されたわけですが、当時は人生何が起こるかわからないなというのが率直な感想でした。キャリアというのは偶発的なもので、計画通りに歩んでいても急に想定外の球が飛び込んでくる。そのときにどう対応するかが重要で、用意されたレールの上を歩いているだけでは、変化への対応力は身につきません。水谷さんは、リクルート退職後に、なぜ島根に行かれたのですか?
水谷:長年キャリアの仕事をするなかで、都会に人材が吸い込まれていく構造に疑問を感じてきました。卒業後に地元に定着するか都会に流れるかは高校時代の体験により大きく左右されると感じていて、地域と教育という軸で何かやりたいと考えていました。公教育の改革が遅れがちな自治体が多いなか島根県は公教育への問題意識が高く、海士町の隠岐島前高校が全国から生徒を集めて高校の魅力化の火付け役となり、それが成功事例となって県内に広がった。さらに他の県にも伝播するだろうという予感がありました。まさに、オセロの角を押さえたという感じ。日本の片隅なんだけど、そこから地方の公教育が一気にひっくり返る可能性を感じたんです。高校の魅力化に力を入れるというのは地方創生の本質だなと思って、自分もそこに携わろうと決めました。
村井:人事や人材育成を長いことやってきた僕ら二人が、今は地方の高校の魅力を高める仕事や、Jリーグでスポーツの仕事に就いている。一見、全然関係ないことをやっているようだけど、振り返れば、人づくり、組織づくりという点では、一貫していると感じています。
地域が育て、地域で育った人材は、地域のために何ができるかを考える
村井:先日、試合を視察するために鹿児島に行った際に市内を散歩していたら、西郷隆盛や大久保利通の生家の近くに「郷中(ごじゅう)教育」という碑があったんです。解説には、相撲や武士としての倫理観や芸術といったことを地域の人が子どもたちに教えていたとありました。当時で言えば辺境だった鹿児島で、幕末にあれだけの人材が育ったのは、町内会の人材育成プログラムによるところが大きかったのだと感銘を受けました。水谷さんがやっている「地域みらい留学」とも共通点があるなあと思いながら、歩いていたんですよ。
水谷:まさに、地域から学ぶ、地域で育つというのは、「地域みらい留学」のコンセプトと同じです。あるとき、隠岐島前高校の生徒が、多くの大人が参加するシンポジウムの場で堂々と自分の言葉で発言するのを見て、感動したことがありました。何が彼らをここまで成長させたかというと、学校外でいろんな大人と関わってきたからだと思うんです。地域の人がみんな生徒のことを知っていて、「あんた最近どうなの」とか「ちゃんと挨拶をしろ」とか言われながら、濃密な関係のなかで育つ。都会の高校生の多くは、親と学校の先生以外の大人と触れ合うことはほとんどないですから、その差は大きいと思います。
村井:Jリーグでも地域との共生をコンセプトにしているのですが、なかでも川崎フロンターレはホームタウン活動と呼ぶ、活動拠点での社会貢献活動をすごく大切にしているチームです。やらされているんじゃなくて、選手が率先して地域に出て活動している。ホームタウンである川崎での活動だけでなく、東日本大震災をきっかけに交流を始めた(岩手県の)陸前高田市では定期的にサッカー教室を開催、2016年にはトップチームの交流試合も行いました。所属する中村憲剛選手は、自分たち選手が地域から学ぶことは多く、地域のため、サポーターのためと背負うものが大きい方が、実はピッチの上でも最後の最後で頑張りがきく、とも話しています。
水谷:僕も中村選手の話を聞く機会があり、感動しました。選手はサッカーだけやっていればいいのではなく、自分たちを支えてくれる地域に何ができるかを考え、実践するのも大事な役割、とおっしゃっていて、この人は素晴らしい感度で生きているなと思いましたね。高校生も同じ。勉強だけしていればいいのではなくて、地域に出て自分に何ができるかを考え、地域の人と一緒に汗を流す。その体験があるかないかで、人としての成長の度合いは変わってくると思うんです。
大切なのは、自分がオーナーシップを持つこと。自分で考えて選び取って、挑戦してほしい
水谷:これまでたくさんの社会人を見てきた村井さんがサッカー選手を見て、どんなことを感じていらっしゃいますか?
村井:社会に出ると、どこに行って誰に会うのか、いつどんな仕事をするのかと全部自分で組み立てないといけませんが、サッカーもそれに似ているんです。野球は打てば1塁に走ると決まっていますが、サッカーは360度どこに動いてもいいし、パスでもドリブルでもシュートでもいい。監督の声はピッチではあまり聞こえませんから、すべて自分で考えて瞬時に判断して動くことが求められます。ゲームでは想定し得ないことばかり起こりますから、常に自分で考える習慣のある選手でないと、サッカーでは一流になれません。実際、技術指導の他に子どもたち自身に考えさせる指導が行われ始めています。
水谷:言われたことを言われた通りにやっていては伸びないのは、同じなんですね。
村井:先日、長谷部誠、長友佑都、岡崎慎二、吉田麻也選手など世界で活躍するサッカー選手一人ひとりと話す機会があったのですが、彼らに共通しているのが人生のオーナーシップを自分自身が握っているということでした。みんな自己分析をして自分の課題を明らかにして、その課題をクリアするためにどうすればいいかを徹底的に考え、実践している。また、10年以上Jリーグで活躍する選手のコンピテンシー分析も行ったのですが、そこで見えてきた共通項が、人の話を傾聴する力でした。誰かに教えられるのではなく、いろんな人に自分から聞きにいって、吸収する。そうやって自ら答えを見つけに行く選手が、長くトップクラスで活躍しているんです。
水谷:なるほど。オーナーシップがあるからこそ、自ら聞きにいくのでしょうね。
村井:その点では、「地域みらい留学」の裏側にある本質は、オーナーシップを持とうと模索している高校生が、いろんな大人に話を聞きに行ける環境がある、ということなのかもしれませんよね。
水谷:まさにそうですね。高校選びも、偏差値で自分が通える学校を絞り込むというやり方、つまり自分にオーナーシップがないことに対して、この選択肢しかないのだろうかと悶々としている親や子が思いのほか多いんです。誰とどこで何をする3年間にしたいかを主体的に考えたときの選択肢の一つとして、「地域みらい留学」をより多くの人に知ってもらいたいと考えています。旧来の日本らしさが残る田舎で、これから日本が直面しうる課題がゴロゴロしている課題先端地域で、いろんな人と混じり合いながら自分たちに何ができるかを考え、未来をつくる挑戦をする。慣れ親しんだ環境を離れて地域に飛び込むことには勇気がいると思いますが、一歩踏み出した先には、新しい世界が待っています。
村井:なんかワクワクしますね。僕は大学時代に中国大陸6,000キロを3年間かけて横断しようと仲間と試みたのだけど、そのときは見たことのないものを見たい、未知のものと出会いたいという好奇心でいっぱいでした。怖いんだけど、のぞいてみたいというか…。それは、リクルートという当時はまだ何者かわからないような会社に就職するときも、Jリーグのチェアマンになるときも、同じように感じたことでした。少しでもやってみたいという気持ちがあるなら、絶対に挑戦した方がいい。
水谷:そうですね。村井さんには6月29日のイベントにも登壇していただくことになっており、今日のお話をさらに深掘りしてお聞きしたいと思います。楽しみにしています。
※本記事は、2019年6月29日実施予定のイベント『地域みらい留学フェスタ2019』(東京・渋谷)内で実施する、Jリーグチェアマン村井さんとトビタテ!留学JAPANの船橋さんとの特別対談(11:45-12:45)に向けた事前対談です。ご関心のある方は、ぜひ当日のイベントにもご来場ください。
【カメラマン:荒川潤、ライター:笹原風花】
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