同質を集めて枠にはめる時代は終わり。 異質と出会い多様性のなかでもまれ、 感じ考える体験が、人を育てる。
水谷:安渕さんには、地域みらい留学の先駆けとなった島根県立隠岐島前高校に実際にお越しいただきました。ISAK(インターナショナル・スクール・オブ・アジア軽井沢)の立ち上げなど、さまざまなかたちで次世代の育成や意志ある人たちの応援をされてきた安渕さんの目に、島の高校生たちはどのように映りましたか?
安渕:島(海士町)では、高校生たちと車座になって対話をする機会がありました。みんな「なぜ自分はここに来たのか」をしっかりと語れることに驚き、また同時に、この子たちは偶然ここに来たわけではなくて、中学生のときから自分の頭で考え、選択し、行動してきた子たちなんだと理解しました。
水谷:高校に進学する時点で、自分でいろんなことを考え、いわゆる一般的な進路とは異なる道を選んだわけですものね。
安渕:中学生のときに、なんとなく目の前にある道をそのまま進んでいいんだろうか、なんか違うんじゃないだろうか…と、漠然とした違和感や疑問を持つ子は少なからずいると思うんです。そうしたなかから、地域みらい留学という選択肢があることを知り、「これだ!」と思った子、そして、勇気を持って飛び込む決断をした子、何か人とは違うことをしたいと思って来た子、そういう子たちが集まっていきいきと学んでいる。逆に言うと、これまではそういう場や選択肢が与えられずにきたんだなと実感しました。この地域ならこの高校に進学する…という当たり前のように敷かれた道に対して、反感や疑問を持っていても、それが拾い上げられることはありませんでした。地域みらい留学により、どこでどう学ぶかを自分で選ばせてよ、という声なき声にかたちが与えられた、そう感じました。
水谷:実際、島前高校をはじめ地域みらい留学校に来て、あるがままの自分でいられるようになったと話してくれる生徒は多いですね。
安渕:世の中がものすごいスピードで動いているなかで、学校にせよ企業にせよ、同質のものだけを集めて狭い枠にはめることには、無理が生じています。制度の歪みですね。その声を救い上げて既存の枠に閉じ込めることをやめたら、子どもたちはこんなに変わるんだ、のびのびと自分らしくいられるんだと、島前高校の生徒たちを見て改めて感じました。
水谷:島前地域で生まれ育った生徒とも話をされていましたよね?
安渕:はい。島留学生の存在が島出身の子たちの刺激になっていることが伝わってきました。島にいながら全国から集まった多彩な仲間ができるというのは画期的ですよね。その点では、都会の学校よりもずっと多様性があるでしょうね。海士町を訪れて認識不足だったなと感じたのが、今は「離島」と言いますが、かつては海の交通の要衝だったということ。陸上交通が主流になったために「離島=不便な場所」とレッテルを貼られていますが、本当にそうなのかというのは、考えてみるべきことです。本来は人やものの交流の要衝であり、多様性に富んだ場所だったわけです。そうした強み・利点、歴史といった地域のプライドが、外から人が来ることでハイライトされる。地域の人たちが地域のことを誇りに思える。子どもたちも自分の故郷について語れるようになる。地域みらい留学にはそういう効果もあると感じました。
水谷:神奈川で生まれ育った我が子が海外にホームステイした際に、自分のことを聞かれて、学校のこと、サッカーのことしか話すことがなかったと言うんです。日本のことも、自分が暮らしている地域のことも、知らないから話せない。普段から知る機会がない、地域の大人と話す機会がない。その事実に、愕然としました。
安渕:本当にそうですね。今の都会の高校生は、両親と先生以外の大人と話をする機会がほとんどありません。一方、島前高校を訪れて感じたのが、地域の大人の存在がやたらと近いということです。町長も役場の人たちも商店のおばさんも、みんなが県立高校である島前高校のことを「自分たちの高校」、島前高生のことを「自分たちの子ども」と認識していて、地域にとって不可欠なものだからみんなで支えよう、育てようという考えが浸透している。この学校と地域との一体感が人を惹きつけるんでしょうね。
水谷:地域で頑張っている素敵な大人が周りにたくさんいる、自分たちを支えてくれるというのは、高校生にとって本当に大きな意味のあることだと思います。大人たちにも、地域の未来の担い手は自分たちで育てるんだという気概があるから、本気で向き合ってくれるんでしょうね。
安渕:一般的に、中学校に対しては地域の学校という感覚がありますが、高校についてはそうじゃないですよね。でも、島前地域では高校まで含めて自分たちの仲間でありリソース(資産)であるから、何かあったら支えるのが当然になっているんですね。一方、都会のようにコミュニティの規模が大きくなると、テリトリーができて役割分担が生まれてしまいます。例えば、障がい者は専門の施設に入ってくださいとか、認知症の人は家族や施設でちゃんと見てくださいとか。自分の問題ではない、自分の役割・仕事の範疇ではない、となってしまう。他責の世界です。でも、そうした分断が社会にとっていいのかという問題があります。障がい者も認知症の人も地域の住民なのだから、バリアフリー化を進めるとか、認知症の人が徘徊しても危なくないよう声を掛け合うとか、みんなが構成員である社会というのが、本来のあり方のはずです。地域で起きていることを自分ごとに捉えて、動く。なんとか解決しようと努力する。そういう大人はカッコいいですよね。インクルーシブな社会を実現するための兆しを島では感じましたし、何とかしようと頑張っているカッコいい大人に囲まれながら高校3年間を送れるというのは素晴らしい環境だと感じました。
水谷:その点で、島は社会の縮図と言えるかもしれませんね。社会にはいろんな人、あらゆる面で自分とは異なる人がいるわけですが、今の日本では多くの人が18歳までは同質のコミュニティのなかで過ごす。それでいいとは思えないんですよね。
安渕:同質性でくくってお互いを批判するのではなく、互いに違いを理解して受け入れ、多様性のなかで揉まれながら、いろんなことを感じ考え、価値観を形成していく。まさに、人生の縮図体験とも言えると思います。そう考えると、都会の学校はなんでもそろっているように見えて、実は選りすぐられたものだけが集められた環境なのかもしれませんね。
水谷:島前高校をはじめ地域みらい留学校の生徒は、進路もさまざまです。大学に行く子もいれば、やりたいことを見つけて就職する子もいる。入学基準を偏差値で区切った学校だと、なかなかこうはいきません。
安渕:生徒の個性が立っていて、一つの路線に向かって収斂していないのがとてもいいなと思いました。子どもたちそれぞれが自分のやりたいことや特性を見つけて、追求する。それが本来の個を活かす教育です。学び方も進路もバラバラであるはずなんです。私は「放課後NPOアフタースクール」をサポートしてきましたが、そこでは一般的な学校では枠にハマりきらない子どもたちが、いろんな選択肢に出会える機会を提供しています。大事なのは、世界ってこんなに多様なんだよ、と教えてあげること。同質性の高いコミュニティにいると、どうしても他のものを排除してしまうようになります。学校がいろいろあっていいと互いを認め合える場であることは、とても重要だと思います。
水谷:そうですね。同質性という点では、親も自覚する必要があると思います。地域みらい留学校という異質な場に子どもを送り出す保護者の方々は、やはり最初はいろいろと不安なんですよね。でも、卒業する頃には地域みらい留学のファンであり支援者になってくれます。子どもから話を聞いたり子どもの変化や成長を目の当たりにしたりして、親自身も気づかされることがあるのだと思います。
安渕:親の価値観も変わるのでしょうね。私がUWC-ISAKの設立にファウンダーとして加わったのは、日本の高校教育に風穴を開けたいと思ったから。世界中から生徒を集めるとか全寮制とか英語で授業を行うとか、本当にできるのかという議論があるなかでの挑戦で、いわば壮大な社会実験でした。地域みらい留学も同じだと思っています。都会の方が洗練されているとか学力が高いとか教育の質が高いとか、そういうステレオタイプをぶち壊して、そうではないものをつくる。この動きがさらに拡大して、地域みらい留学が中学生にとって当たり前の選択肢の一つになることを願っています。どの時期にどういう助けを出せば人は変化するか、さまざまなフェーズがありますが、間違いなく高校3年間は大きい。人生を変えうる時期です。その時期にある子どもたちが、学業成績という物差しだけで自分を測るのではなく、探究型の学びや経験を通して自らの強みや特性を発見する3年間を過ごすことは、とても価値のあることだと思います。地域みらい留学の次の目標は、卒業生をどうつないでいくか。アルムナイ組織を作って、卒業生が励まし合いながら次の目標に向かい、自分の道を見出す。そういうことができればさらに良くなると思います。私がビジョンパートナーとして長期的にサポートしていきたいと考えるのは、長く続けないと社会へのインパクトが起きないから。大事なのはこれからです。期待しています。
水谷:ありがとうございます。島前高校の魅力化が始まってから10年あまりが経ち、町の役場に卒業生が就職したり、卒業生がチームを作って新たなプロジェクトを立ち上げたりと、続々と動きが出ています。楽しみにしていてください。
安渕:いいですね。島前地域のように、いろんな人が入って地域社会を作り直すプロセスが日本各地でどんどん起こってくると、面白いことになるでしょうね。社会へのアウトカム(成果)として、地域みらい留学により何がどう変わっていくか、とても楽しみです。
※本記事は2020年9月の対談の内容です。
【カメラマン:荒川潤、ライター:笹原風花】